業務日誌#35

「しのご」が日々の業務で気が付いたことを、脈絡なく気ままに書き連ねています。

外国帰りのマドロス、それが「三島由紀夫」

「昭和四十一年当時、そんな暑っ苦しいハデハデの水着を着る人など絶対いなかった。 ―(略)― 『あっ三島由紀夫だ!』と小さなどよめきが起こった。三島さんはまったく周囲を気にすることなく自信たっぷりの表情で歩いていた。ターザンになりきっていたのだ。 ―(略)―   この日本人離れした自己顕示欲がいい」。こんな書き出しで始まるのが、「三島由紀夫の来た夏」なのだった。

実のところAmazonの古本で買ったのだが、「落書きあり」というコメントがあったのでちょっと躊躇した。図書館でも本を借りれば、線を引いてあったりページの端を折っていたりなんてこともあるので、その程度だろうと思っていた。安価だったので買ってみると、落書きとあるのは著者である「横山郁代」のサインと「落款」ではないか。古本屋も単に機械的な処理をしているようで助かった(笑)。

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ちなみに著者のサイトを見ると、作者は三島由紀夫が好きだったマドレーヌを販売している洋菓子店主のようで、三島が愛したマドレーヌを購入するとこの著書がプレゼントされるようだ。こういうカラクリだったのかと納得したが、マドレーヌを買った人はたぶん古本屋へ売り払ったのだろう。

閑話休題

三島由紀夫が避暑地として訪れていた下田市の街での動向を書いたものだが、そこでは新聞テレビに登場するピリピリした雰囲気を持つ姿とはまったく別の三島が存在する。なにしろ「宇宙人的オーラを発散させながら一メートル四方に入れない近づきがたい雰囲気を漂わせていて、だからこそ私たち中学生に、もっと近づきたい、追っかけてみたいという気にさせた」というから、その当時でいえばまさに圧巻の人気スターだ。さらには街の人たちとも「文学者の面影などみじんもなく、どこか外国帰りのマドロスみたいに粋に町角を闊歩する素顔の三島さんに多くの人たちが接した」。

さらに「ホテルを訪れた客人にも張り切って案内をして祭りの説明をしていたというから、祭りの由来などしっかりし調べ上げていた三島さんであったろう」との姿は、単に避暑地に来たというレベルではない。

この著者、まだ中学生だったころのようだが、実家の洋菓子店へも三島由紀夫が来てマドレーヌを買っていたらいい。「一度母が『東京でもっとおいしいマドレーヌを召し上がっていらっしゃるでしょうに』と謙遜していたら、キッとした表情になって『東京であろうがパリであろうが関係ない。僕がおいしいというのですから』と逆に励まされたという」。この圧倒的な自信、ボクにはとてもマネできない。同じことを近所の店でいったら、逆に石を投げられるかもしれない。

ほかにもさまざまなエピソードは満載だが、それは「いかにも人と同じことをするのが嫌いだった三島さんらしい」のだそうだ。ボクもちょっとマネをして、人と違うことをしよう。でも、とてもマネできるようなレベルではないのも当然だろうけどね。

彼は著者へもやさしくアドバイスする。「『若い人は古典を読むように』。それから『あなたは文章を書き続けなさいね』」と読書指南もあったようだ。三島由紀夫からのメッセージとして語っていたことは「若者は、突拍子もない劇画や漫画に飽きたのちも、これらの与えたものを忘れず、自ら突拍子もない教養を開拓してほしいものである。すわわち決して大衆社会へ巻き込まれることのない、貸本屋的な少数疎外者の荒々しい教養を」。ただ頭が下がるばかりではないか。ボクのBlogをコピペして、さも自分が考えたようにしている連中には、この〝三島思想〟をぶつけたいものだ。

最近は記録映画として「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」なんてのもあるようだ。まだ限定公開のようだけど、ここに出てくる三島由紀夫とは異なった、やさしい彼がいる。最後に彼が語っていた陽明学思想も取り入れたと思われる三島由紀夫の言葉を紹介したい。「心に思っていることを行動に移さないのはつまり『何もしないことと同じこと』なのだった」。とてもボクには追いつけない……。